パニック障害・アゴラフォビア
Panic Disorder and Agoraphobia
坂本暢典 滋賀県立精神保健総合センター・部長
 
 パニック障害は、近年の米国の診断基準(DSM−V,W)によって明確化された診断単位である。この疾患は、突然の動悸・めまい・呼吸困難・不安感・恐怖感などの発作からはじまるものであり、精神科領域では「不安神経症」「発作性神経質」、内科領域では「自律神経失調症」「心臓神経症」などと呼ばれてきた状態とおおむね重なっている。
 パニック障害の経過は、多くの場合、@初回発作⇒A予期不安による不安緊張状態⇒Bアゴラフォビア(広場恐怖、外出・単独恐怖)の3つの段階に区分することが可能である。
 まず@初回発作は、それまで健康に暮らしてきた患者が、ある日突然、動悸・めまい・呼吸困難などの発作に襲われるものである。これらの症状は激烈であり、患者は「死の恐怖」「失神の恐怖」「発狂の恐怖」などの恐怖・不安を感じ、この恐怖・不安がさらに発作の症状を悪化させていく。この突然の発作は、強烈な印象を残すものであり、数年後に問診しても、患者はその経過を詳細に報告することが出来る。そして、この初回発作の詳細を確認することによって、パニック障害の診断が可能となる。
 つづいてA予期不安による不安緊張状態が生じてくる。初回発作後、患者は「またあんな発作が起こるのではないか」という予期不安にとらわれるようになる。そして、軽度の動悸などのわずかの身体的症状が生じても不安にとらわれ、その不安により症状を悪化させるという悪循環に入っていき、慢性的な身体不調を訴えるようになる。
 さらに進行するとBアゴラフォビア(広場恐怖、外出・単独恐怖)が生じてくる。患者は、発作が生じた時に、誰かに援助が求められない状況を回避するようになり、外出・乗り物をさけるようになる。重症例では、一歩も家を出られなくなり、家でも一人では過ごせなくなってしまう。そして、うつ状態や家族へのまとわりつきが生じてくる。
 
治療方針
 このようなパニック障害には、うつ病やヒステリーなどの経過中に生じる二次性のものと、全く健康な状態から生じる一次性のものがある。二次性のものの治療は、基礎的疾患の治療と複雑にからみ合い、慎重な対応が求められるため、ここでは一次性のものの治療を念頭に置いて治療方針を述べる。
1.丁寧な疾患についての説明
 パニック障害の治療で最も重要なことは、この疾患について患者に対して、明確で丁寧な説明を、医師の権威を持って行うことである。その場合に、この疾患が生命に影響のあるものでないことをはっきり述べるとともに、「自律神経症状が不安を呼び、不安が自律神経症状を悪化させる」という悪循環が、症状悪化のメカニズムとなっていることをしっかり理解させるようにする。
2.薬物療法
 パニック障害に対しては、抗不安薬(ソラナックス・メイラックスなど)と抗うつ薬(トフラニールなど)が用いられる。筆者が頻用している処方は
Rp 処方例
1)メンドン(7.5mg)   2錠
 ドグマチール(50mg) 2錠   
   (分2)
2)トフラニール(10mg)  3錠 分3
 トフラニールなどの三環系抗うつ薬は、投与開始時の違和感が強いため、筆者は抗不安薬とドクマチールの併用を第1選択としている。これの処方で、回復が不十分で、発作が頻発したり、うつ状態の続く場合に、ドクマチールをトフラニールに置き換えている。抗不安薬は、メンドンに限らず、使い慣れたもので良いと思われるが、筆者の経験ではメンドンがもっとも効果が安定しているように感じている。
服薬指導上の注意
パニック障害の患者は、薬物の副作用に不安を持つことが多い。このため、有効な薬物を処方してもしっかり服用しない症例も多いので、投薬時に治療開始当初2週間は確実に服薬することを約束させる必要がある。
3.心理療法
 パニック障害の心理療法においては、患者の恐怖・回避行動を修正することが基本的目標となる。このために、回避している状況や初回発作を起こした場所へ、自ら行ってみるという暴露療法や、不安をあるがままに受け止める森田療法などがある。日常的臨床においても、患者自身が「不安に直面し、それに耐え、逃れようとしない態度をとることが、回復の道である」ということを繰り返し指導することが必要ではないかと思われる。