赤いズボンの男の子6

2001/1/5UP

注)先に『赤いズボンの男の子』1〜5をお読みください。でないと話が通じません。

(解説)
 掲示板で『恥ずかしい格好』が出たのでつい書いてしまいました。
 他人に流されてるなあ。かなり即興です。


 
 
 駅前の商店街をぶらぶらと歩くと『喫茶CaitSith』と描かれた何処にでも
あるようなコーヒーメーカー支給の看板が目に入る。

 ケット・シー。

 ケットは猫。シーは妖精。

 つまりは猫の妖精である。

 何とか7というゲームのキャラにもいたような気がする。

 主にイギリスのスコットランド地方の高地に生息し、胸に白い毛のある黒猫
だと言われている。

 イギリス各地に伝わる伝承によると大木のうろや廃屋等に「ネコの王国」を
築いており、人間と同じ様に王や王妃、僧侶、市民がいるらしい。

 フランスに伝わると『長靴をはいたネコ』という童話になった。

 日本ではアニメ映画が数本制作され人気を博した。

 普段は普通のネコのフリをして人間と暮らしているが、気を抜くと言葉を話
したり、二本足で立ったりする。

 平和を好む種族だが人間に虐待されると王族は仔牛ぐらいの大きさになって
罰を与える為に王国に連行する。

 猫がケット・シーか確かめる方法は、耳を少し切ればやれば「無礼者!」と
叫ぶので分かるとされている。

 ある人が、猫の王様の葬式を目撃し、宿屋でその話をすると宿屋の飼い猫が
「なんと王様がお亡くなりに」と叫んで2本足で走り去ったという……

 なんだ。

 僕のことを知りたがってる男の子がいたから話してやってるのに寝てるじゃ
ないか。

 失礼な奴だな。

 まあ、僕は夢の中でしか話が出来ないんだけど完全に寝ちゃうことはないじ
ゃないか。

 僕に遭いたいって僕を呼んだのは君だよ。


「お〜い、起きてよ」

 カウンターで寝ちゃってたボクを起こしたのは一匹のネコだった。

 なんだ、ヒロシ兄ちゃんの描いた絵のネコじゃないか。

 ……!!

 ネコ?

 なんで?

 ボクはビックリして飛び起きた。

「やあ、やっと起きたね」

 ネコは、ゆっくりと落ちついた感じで話し掛けてくる。

「あ、あの?」

 キョロキョロと見まわしてもここは確かによく知ってるおねえさんのお店だ。

 それどころか、おねえさんもヒロシ兄ちゃんもおねえちゃんまでいる。

 でも誰も不思議がってない。

 壁の絵を見るとネコの描かれていた部分がぽっかりと白く抜けている。

 絵から出て来たんだ!

 なのに何で不思議がらないの?

「あきら?何を驚いてるの?」

「相手はケット・シーなんだから絵から出てくるぐらいのことはするのよ」

「妖精ってのはそういうもんなんだよ」

 みんなに言われると当たり前のことのような気がしてきた。

「君がケット・シーのことを知りたがってたからわざわざ出て来てやったのに。
結構疲れるし大変なんだよ」

 だって、ボクって店の看板の英語が読めなかったから店の名前を知らなかっ
たし、それがネコの妖精のことだって知らなかったから知りたかったんだもん。

 でも、それだけで絵から出てくるの?

「うん。僕は可愛い子供が好きだから」

 え〜と、魔法とか使える?

「使えるよ。簡単なのならね。何かお願いとかある?」

 ボクは少し考えた。

 ……そうだ!

 ちょっとの間でいいから大人になってみたいな。

 ネコは、しっぽをグルグルと回しながら、ひげをピクピクと動かした。

 ぼん!

 ボクの体から薄い煙が出た。

 ???

 何も変わってないよ?

 でも…なんか服がダブダブ。

「ぷっ。アッくんにも似合わない格好ってあるんだ」

 ヒロシ兄ちゃんが笑い転げる。

「大人っぽい服は似合わないのね」

「七五三のブレザーは似合ってたのに」

 えっ?

 自分をよく見ると、お父さんが会社に着て行くみたいな背広を着ていた。

「僕の魔法じゃ中身までは無理だよ。だから格好だけね」

 ネコが表情も変えずに言った。

 口々に『似合ってない』と言われるとボクは少し恥ずかしくなってきた。

 なんか、恥ずかしいよ〜。

 もう子供に戻して。

 ネコはコクンと頷くと、またしっぽを回しながらひげを動かした。

 ぼん!

 またボクの体から薄い煙が出た。

 げっ!

「に、似合う。思いっきり似合ってる」

 わ〜ん、ヒロシ兄ちゃんったらジロジロ見ないでよお。

「ホント、信じられないぐらいにカワイイ」

 おねえさんも見ちゃやダメ。写真なんか撮らないでよ〜。

「う〜ん、家でもこの格好させようかしら?」

 や、やだ!そんなの。

 ネコったら、子供に戻し過ぎたらしくってボクは赤ちゃんみたいにオムツ姿
になっちゃったんだ。

 さっさと元に戻してよ。

「それがね、2回も魔法を使ったからしばらく無理なんだ」

 え〜っ!

「それと魔法が解けるまで、どんな服を着てもその格好になるから」

 ふえ〜ん。いつになったら解けるのさ?

「明日の朝ぐらいかな?」

 なんとかしてよ〜

 ボクが必至に頼むとネコは一生懸命に考えてくれた。

 なのにおねちゃん達は、おもしろがってボクを本当の赤ちゃんみたいにして
遊んだんだ。

 顔が真っ赤になって火が出るかと思うぐらいに熱くなった。

 や、やだって。

 おトイレぐらい行くよ。

 オムツしてるから中にしろなんて酷いよ。

 ぽん!

 ネコが前足を叩いた。(手じゃないから)

「そうだ!『恥ずかしい格好』を経由すれば魔法を解けるよ」

 え?何それ?

「だって君は、さっきの格好もその格好も恥ずかしいんだろ?」

 うん。

「だったら、もっと恥ずかしい思いをすれば魔法の許容限界を超えて破裂しち
ゃって元に戻るよ」

 でも、もう魔法は使えないんでしょ?

「大丈夫。上からちょっと被せるだけだから」

 ま、待って!

 ボクが反論する前にネコは、しっぽとひげを動かした。

 ぼん!

 薄煙が晴れた時、ボクは幼稚園の制服姿だった。

 さっきの格好の方が恥ずかしかったよ?

「でも、君の心が一番恥ずかしいと思う格好の筈だよ?」

 ネコの後ろに人影が見えた。

 お母さん?

 あんまりよく覚えてないけど、小さい頃に死んじゃったお母さんだ。

 お母さんは、ボクを優しく抱きしめると……

 お尻をペンペンと叩き始めた。

 や、やだ。やめてよ。

 ボクは思い出した。

 おねしょしてもイタズラしても怒られなかったけど危ないことをすると友達
の前でも、こうしてお尻をペンペンされたんだ。

 恥ずかしかった。

 多分、ボクが恥ずかしいと思った最初の記憶……

 お尻はヒリヒリしてきたけど、お母さんの手の温もりがうれしかった。

 でも、ちょっと冷た……

 
 わあ〜っ!!!

 ボクは飛び起きた。

 と同時に猛烈におしっこがしたくなった。

 あ、あぶなかった。

 
 ボクは夢の話をおねえちゃんにしてあげた。

 すると、おねえちゃんはマジマジとボクの顔を見た。

「おねえちゃんならもっと簡単に、あきらを恥ずかしい格好にできるのにな」

 そう言って、紙に何か書いて背中にペタっと貼った。

 何?

「その格好で表に出てごらん」

 別に今日は女の子みたいな格好もしてないから全然平気だもん。

「こら、出ちゃダメ」

 自分で出ろって言った癖に。

 おねえちゃんは、背中の紙を剥がしてボクに見せた。

『ぼくは、きょうもおねしょしちゃいました』

 顔が熱くなってくる。

 ひ、酷いや。

 今日はしなかったし、ここんとこしてないんだよ。

「にゃあ」

 窓の外を見ると一匹のネコが笑っていた。

「あのね、あきら。ネコは笑ったりできないのよ」

 できるよ。

 だって、ケット・シーは普段は普通のネコのフリをしてるんだから。
 

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