お引越し、ウソでも笑ってた方が上手くいく
大助&友也シリーズ4

2000/07/13UP

(解説)
うっかりと一線を越えそうになった作品。


「グスッ…グスッ…エッ…エッ…」

 夏休みも近づいた放課後の教室で大助が友也を前にして嗚咽している。

「あ、あの…大助ってば…みんな見てるからさあ…」

 困り果てた友也は、そう言ってなだめるが一向に効果は無い。

 格好という物を意識し始める年頃である中学生の男の子が人前で涙を見せることは珍しい。

「だって…だって…だって……」

 そこで泣きじゃくっているのは、まるで迷子になった幼児だった。

「どうしたの?」

 珍しい物を見るような好奇心と心配する気持ちと母性本能が複雑に入り混じったような表情
をしながら、周囲を取り巻いていた女生徒の一人が友也に尋ねてくる。

「俺が転校するって言ったら……」

 台詞が最後まで終わらない間に一斉に驚きの声が挙がる。

「い、いつだよ?いつ転校すんだよ?」
「どうして黙ってたんだよ!」
「どこへ引っ越すんだ?」
「あ〜ん、まだ告白してないの〜」
「親が離婚でもしたのか?」

 友也が、まだ教室に残っていたクラスメートの壁に囲まれている間に、
涙と鼻水で顔をグシャグシャにした大助はどこかへ姿を消してしまった。



 大助は「ただいま」も言わずに、わざとドタバタと大きな音を立てて自分の部屋に帰ってきた。

 バタン!

 とワザと大きな音を立ててドアを閉める。

 そして、机に突っ伏してサメザメと泣いた。

 一通り泣いてしまうと、今度は怒りの感情が込み上げてきた。

「母ちゃん!」

 のんびりとテレビを見ている母親に食って掛かる。

「息子が荒れて帰って来てんのに、何のんきにテレビなんか見てんだよ!」

 お母さんは、顔の角度も変えずに言った。

「それだけ息子を信頼してんだよ。変なことする程、頭が良くないって」

「……いつか殴り殺してやる」

「何を偉そうに、友達が転校しちゃうぐらいでスネちゃうようなお子様の癖に」
 
 今度は、振り返って息子にデコピンをくらわせる。

「知ってたのかよ?友也の転校のこと?」

「さっき、電話で聞いたわ」

「だったら、のんびりしてんじゃねえよ!」

「わたしに何をしろっていうのよ?」

「そ、それは……」

「別れたくないのは友也くんも同じなのよ。
 自分だけが悲しいんだと思ってたら大間違いなんだから」

「分かってるよ!そんなことぐらい……」

 頭では分かっていた。

 ただ黙ってそれが告げられるのを待っていれば良かった自分よりも、
 それを自らの口で言い出さなけばならなかった友也の方が辛かったということぐらい。



 友也の転校は急に決まった。

 事業の立て直しの為に父親が地方の支社に赴任することになったのだ。

 色々な事情があって単身赴任することはできそうになかった。

 一学期の終業式が終わると同時に引っ越すことになっていた。

 つまり、大助と遊ぶ筈だった夏休みも無くなってしまったのだ。



「大助……」

 冷静を装っていた友也だったが、家に帰って一人になってみると涙が零れ落ちてきた。

 やはり、幼馴染と別れるのは辛かった。

 本棚の隅から小さなアルバムを取り出す。

 自分達では覚えていない出会った頃からのツーショット写真が何枚も貼ってある。

 写真の中の大助は、笑ったり、泣いたり、拗ねたり、恥ずかしがったりしている。

 なのに友也は、カメラを意識して笑っている写真が殆どだ。

「俺は…人形じゃないんだよ…怒ったり、泣いたりもするんだ…でもこれじゃ…」

 無意識のうちに、笑っていない写真を探して抜き取っている。

 自分を感情のある人間だって覚えていてもらいたくって。

「何、やってんだろ俺?」

 これまでは、ただの記憶でしかなかった大助とのことが大切な想い出として脳裏に浮かんでくる。

 まだ、別れたわけでもないのに。

 そして、中学生になってから何度もやった『いけない遊び』のことが浮かんできた。

 ティッシュを用意して、下着を脱いで股間のモノに刺激を与える。

 この手は俺の手じゃなくて、大助の手なんだ。そして俺を見てるんだ。

「だ、大助……」

 幼馴染の名を呟きながら放出する。

 俺って、ホモなのかなあ?

 友也が悩んでいたのと同じ頃、大助もベッドの中で幼馴染の名を呟きながら放出していた。

 もっとも大助はティッシュを用意していなかったから大変なことになってしまっていたのだが。



「どうしたんだよ?」

「なんか恥ずかしくって……」

「いっつも一緒に入ってるじゃねえかよ」

「そうなんだけど……」



 どうしても、一緒にお風呂に入るんだって幼稚園児のように大助が駄々をコネたので
友也は大助の家へと遊びに来た。

「ごめんね。引っ越しの用意で大変なのに、うちの大助ってば本当に幼稚園の頃から同じ調子で」

「いえ、俺も大助とお風呂に入るのは好きだから」

 小さい頃は、よく大助と並べてお仕置きとかされたっけ。

「あの、おばさん……」

「なーに?」

「長い間、ありがとうございました」

 友也はデコピンを食らわされる。

「何、言ってんのよこの子は。二度と遭えないってわけじゃあるまいし」

「でも……」

「うだうだ言ってたら、お尻ぺんぺんするわよ。別れを悲しんでても何も始まらないの!
それよりはウソでも笑ってた方が上手くいくものなのよ」

「はい!」

 友也は、どこかぎこちなさの残る笑顔でそう答えた。

 内心は泣きそうだったのだが。

「おーい、何やってんだよ〜」

 大助が素っ裸で走ってくる。

「あんた、フルチンで何やってんの?」

「いいじゃねえか、風呂に入るんだからさ」

「……やっぱり幼稚園の頃と変わってない」

「でしょ?」

 お母さんと友也は見詰め合ってゲラゲラ笑った。



「背中の流しっこしようぜ」

「いつもは体なんか洗わないくせに」

「いいじゃねえかよ」

「なあ、本当のこと言えよ」

「本当のことって?」

「して欲しいんだろ?それとも見て欲しいのか?」

 大助の顔が真っ赤になる。

「うん…」

 いつかのように向かい合わせになって座る。

「俺ってさ、自分でやる時いつも友也のことを思い出すんだ」

「俺もだよ」

「あの…やってよ」

「ストップ!」

 友也は、大助の手を振り払った。

「まるで二度と遭えないみたいで嫌なんだよ。俺は嫌だよ、大助の手の温もりを思い出して
オナニーするのなんか」

「じゃあ、遭いに来てくれるのか?」

「お前、俺がトンガ王国にでも引っ越すとか思ってないか?同じ本州の中なんだぞ」

「友也!」

「抱きつくなよ。暑苦しい」

 二人は母親の目を気にして一回だけお互いの姿を見ながら自分で白い液を出した。



「俺、ずっと友也が女だったら良かったのにって思ってた。俺が女でも良かったんだけど。
そうしたら結婚してずっと一緒にいられるじゃないかって」

「よせよ。気持ち悪いじゃないか」

「俺は男だけどさ、ずっと友也のこと待ってるから」

「俺はホモじゃないんだぞ」

「うん、分かってる」

 大助は友也をギュっと抱きしめた。

 今度は友也も拒否しなかった。

「どっちかに妹でもいれば良かったのにな。そしたら結婚させて兄弟になれたのに」

 二人は同時にそう口にした。



 そして、別れの時が来た。

 二人の幼馴染は、内心の感情とは正反対にニコニコと笑っている。

「あ、あのさ、俺は男だし、結婚できないし、…でも友也のことが好きなんだ。
だから、いつか俺の所に帰って来てくれるか?」

「俺も大助のことは好きだよ。世界中の誰よりも。だから俺の帰る場所は
大助のところしかないよ」

 二人は声をそろえて
「あはは、まるで恋人の別れだな」
 と言った。 



「あのさ、恋人ならキスでもするんだろうけど……」
 
 大助は友也を玄関の中へと連れ込んだ。

「なんだよ?マジでキスでもしょってのか?」

「馬鹿なこと言うなよ。して欲しいのか?」

 大助はズボンを脱ぎ捨てるとスルリとブリーフを脱いだ。

「な、なにやってんだよ!」

 大助は脱いだばかりのパンツを差し出す。

「やる!一番俺らしいだろ?」

「相変わらず、信じられないことをする奴だなあ」

 そう言いながら、友也もブリーフを脱ぐ。


 
 大助は友也を乗せた車が角を曲がってからもしばらくの間は手を振り続けていた。

「行っちゃった……」
 
 大助は笑顔で歩き始めた。
 
 ズボンの下で友也の残してくれた温もりを感じながら。
 
 友也もきっと俺の温もりを感じてるんだと思いながら。

 
 追記。
 友也の父親の会社は8月の半ばに業績が悪化して倒産した。
 
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