おちびちゃんの合宿

2000/08/04UP

  愁人は、6年生で、陸上部で一番熱心なお元気部員だが部長ではない。
 
  いや、幼稚舎から大学部まで備えた一環教育のお蔭で、クラブの最上級生ですらない。
 
 小等部と中等部は便宜上分けられているが、校舎も同じなら部活も一緒。
 
 6年生はタダの中間点でしかない。
 
 4年生ぐらいまでは、中学生が可愛がってくれるから甘えん坊が多いのだが、
後輩を可愛がる年頃になると逆にしっかりとしてくる。

 愁人はどうなのかというと……

 まあ、足はそんなに速くない。

 足が短いから短距離では不利だ。

 ムキになる性格なので長距離にも不向き。

 全力で走るのは500メートルが限界だろう。

 腕力が無いから砲丸投げや槍投げも無理だ。

 かと言って、走り幅跳びや走り高跳びはもっと無謀だ。

 愁人は、ずば抜けて発育が悪いのだ。

 毎年、新入学の季節には幼稚舎の園児か、1年生に間違えられる程だ。

 結局、愁人は陸上部のマスコット役になっている。

 子供と動物には誰も勝てないというが、校内での愁人の人気は大したものだ。

 普段のムスっとした表情と、ヘタでも一心不乱に練習する真剣な表情、
それに無理矢理に身についた呼びかけられると反射的行動として見せる笑顔。

 女生徒ばかりか、一部の男子さえもクラクラさせる天使。
 
 それが、陸上部における愁人の役割だ。
 
 そんな本人の目標は『ビリにならないこと』だから泣かせる。

 

 6年生の夏休み。
 
 その時から部活動の合宿への参加が認められる。
 
 部活動が学校の中心とも言えるぐらいに活発な学校であるが故に
小等部の児童に取って、合宿に参加するということは大人への階段を
ひとつ上る大切な行事なのだ。
 
 例え、それが『地獄の合宿』と恐れられるものであったとしても。
 
 そして、そんな後輩で遊ぶという楽しみがあるが故に先輩達も張り切って参加する。
 
 

 早朝。
 
 夏の太陽が顔を覗かせ始める時間帯、ラジオ体操の子供達よりも早く
彼らは集合場所に集まってくる。

 6年生の顔は異常なまでに明るい。

 彼らを乗せたバスはゴトゴトと6時間以上も高速道路や山道を走り、
『人里離れた』としか表現できない合宿所に到着する。

 各部活が日程に差を付けて使用する合宿所なので、今は陸上部しかいない。

「うわ〜、話には聞いてたけど、すっげーど田舎」

「ど田舎なんて生易しいレベルかよ。半径数キロ圏内に人家なんてねえぜ」

「夜中にコンビニにも行けないじゃん」

 騒いでいる6年生とは対照的に先輩達はテキパキと荷物を合宿所へと運び込む。

「おーい、小学生共。管理人さんに挨拶するぞ〜」

 中3の部長の呼びかけに部員全員が整列する。

「よろしくおねがいしま〜す!」

 そう挨拶された管理人は、ショートカットにジャージという男のような格好をしているが、
まだ若い女の人だ。

 しかも、こんなに若い男の子(多少、若過ぎるが)ばかりに囲まれて
襲われないかと心配な程の美人である。

「なあなあ、あのお姉さんが一人で切り盛りしてるのかな?」

「じゃ、ないのか?一人しかいないみたいだし」

「大変だろうなあ」

 コホン。

 部長がワザとらしく咳払いをする。

「管理人の田所ちからです。今年もよろしくお願いします」

 その挨拶に6年生は、どよめく。

「ちからって、あの人まさか男?」

「どうみてもお姉さんだぜ?」

「なら、おかまさん?」

 小声でそんな会話が囁かれる。

 ちから嬢は、ツカツカと近づいてくると、背が低いが故に一番前にいた愁人の手を握ると、
自らの胸に押し当てさせた。

「わたしは、おかまさんかな?」

「お、女の人です」

 愁人は真っ赤になって答える。

「声が大きかったわよ。おちびちゃん」
 


 ちから嬢の指導の元に6年生は昼食のカレーを作り始める。

 中学生達はランニングに出掛ける。

 愁人は、調理台に背が届かないので主に、食材を運んだりゴミを捨てたり
といった雑用をやらされている。

 おもしろくない。
 おもしろくないったらおもしろくない!

 つい、乱暴にゴミ袋をゴミ捨て場に放り投げる。

「おちびちゃん。破けちゃうでしょ」

「ちからさん、その呼び方やめてもらえませんか?」

「だって、わたしがここの管理人になって3年だけど、あんたみたいな子は初めてよ」

 と、まるで縫ぐるみのように愁人を抱きしめる。

「あ〜っ、愁人のやろー、また年上をたぶらかしてる〜」

 ゴミを捨てに来た子がその光景を発見した。

「はいはい。君もギュってしてあげるからね」

 どうやら、ちから嬢は男の子を抱きしめるのが好きらしい。

 カレー作りが一段落つくと質問大会になった。

「ちからさんって独身なんですか?」

「独身じゃなきゃこんな仕事できないわよ」

「ずっと、ここにいるんですか?」

「まさか、夏の合宿期間だけよ」

「お幾つなんですか?」

「内緒」

「恋人はいないんですか?」

 当然のように予想された質問だが一番盛り上がる。

「えーとね、今はこのおちびちゃんかな?」

 そう言うと愁人を、ひょいっと持ち上げて、ほっぺたにキスをする。

 そして、そのまま唖然としている連中のただ中に放り投げると
別の仕事を片付ける為に行ってしまった。

「愁人!てめえ〜」

 怒りに満ちた6年生達に冗談は通用せず、愁人はボコボコにされる。

「あの、女〜」

 合宿所に居る男の子達の中で愁人だけがちから嬢への恨みを募らせていく。



 昼食の後は夕食まで自由時間。

 この二泊三日の合宿は、強化合宿というよりは
レクリエーションの一環としての意味合いの方が強い。

 だから、バーベキューだの花火大会といった娯楽性の高い行事が中心で、
申し訳程度にランニングが組み込まれている。

 これは文化部も含めた全ての部活に共通だ。

 学校側が手を抜いたという意見が根強い。

 愁人は、おもしろくなかった。

 どうして、こんな山奥まで来て子供扱いされなきゃならないんだ?

 そう思うと、ちから嬢を見る眼は自然に怖いものになった。

「なんだよ?マジで惚れちまったのか?」

「そんなワケねえだろ!」



 夕食が終わると、部長が6年生に召集を掛けた。

「えー、これから恒例の下着検査を行うのでズボンを脱ぐように」

 一斉に抗議の声が挙がるが、伝統行事の前にはそんなものは無意味だ。

 ブリーフの子が6割ぐらいでトランクスの子が4割。

「トランクスの奴は、ブリーフを渡すから履きかえるように」

「ここでですか?」

「そうこの場所で」

「なんでブリーフじゃないとダメなんですか?」

「トランクスだとブラブラして走った時にタイムが伸びないんだよ。
 サポーターの替わりに女物のパンティを履く選手もいるぐらいなんだぞ」

「愁人でもですか?」

 部長は、ぶかぶかのトランクスを履いている愁人を見た。

「うーん、こいつなら大丈夫そうだけど決まりだからな」

 くそっ。

 みんなで僕をチビだって馬鹿にしやがる。

 愁人は、ワザとゆっくりとブリーフに履き替えたが、
彼の持ち物は体に比例して未発達だった。

 初めて同じ歳の持ち物を見てそれが分かった。

 愁人は、ずーんと落ち込んだ。

「ねえ、部長。トランクス禁止って為だけにブリーフなんか用意してあるんですか?
 注意のプリントを配ればよかったのに」
 
 頭の良いことで知られている6年生が質問する。

「いーや、どうせもうちょっと経つと必要になってくるからな」

「なんでですか?」

「恒例の肝試しをやるから、漏らしちまう奴が多いんだよ」

「そんなに怖いんですか?」

 小学生達は不安になる。

「みなさ〜ん、冷たい麦茶ですよ〜!」

 不安を吹き飛ばしたのは、ちから嬢だった。

「よーし、これ飲んだら準備して出発な」

 気のせいかお茶はちょっとヘンな味がしたが暑かったので全員がガバガバと飲んだ。



「これでよしっと一番手出発な」

 最初の子が出発する。

 全身にローラースケートのような防具を装着されて随分と重そうだ。

 手にも防具を装着され汗を拭うこともできない。

「ここまでする必要あるんですか?」

 確かに大袈裟だ。

「暗闇だからな転倒したら大変だろ?」

 話によると、重量物を装備することで足腰を鍛えるという陸上部的な要素も備えているらしい。

「昼間、確認した1キロのランニングコースを一周な。途中で戻ってきたらダメだぞ」

「は〜い!」

 最初の子が出発すると次々に6年生は出発する。

「あの?先輩?」

 愁人は疑問を口にした。

「なんだ、おちびちゃん」

「その仇名はやめてください」

「せっかく、ちからさんが付けてくれたのに。で、なんだ?」

「誰も脅かしに行かないんですか?」

 そう中学生は全員この場にいる。

 すると誰が脅かし役をやるのだろうか?

「蚊のウヨウヨいる中でそんなことできるもんか。ただ暗闇を走ってくるだけ」

「なあ〜んだ」

「馬鹿にするけどな、かなり怖いんだぞ」

「平気ですよ」

「言ったな、おちびちゃん。もし漏らしたら全員の見てる前で着替えさせてやるからな」

「幼稚園児じゃあるまいし、漏らしたりなんかしません」

「幼稚園児と大差ない癖に」

 愁人はムッとしながらスタートした。


 
 暗い林道は確かに薄気味悪かった。

 先を行く者の姿は全く見えないし、足音も聞こえない。

 その癖、妙な鳥や虫の声、自分の走る足音は妙に響いて聞こえるのだ。

「こ、怖くなんかないもん!」

 強がってみせるが怖いものは怖い。

「誰も脅かしになんて来ないし、お化けなんているワケがないんだもん!」

 それでも、この暗闇の向こうから何かが飛び出して来そうな考えは頭から離れない。

 ズルっ!

 足が滑った。

 視界に見える物が無いと異常に走り難い。

 だからこそ、防具が必要なのだが、その防具自体が黒く塗装されているので
白い体操服を覆い隠す役割を果たしているのだ。

「くそっ、なんだよコレ!」

 ズレたヘルメットを直そうとするが防具を填めた手では巧くいかない。

 そうこうするうちに何人かの小学生に追い抜かれる。

 いや、姿は見えないのだがそんな気配がした。

 向こうもこちらも、声を掛けた相手が人間じゃなかったらと思うと声なんか掛けられないのだ。

 コースの半ばを過ぎる頃になると暗闇にも慣れて来たが別の問題が発生してきた。

「と、トイレに行きたい」

 そうなのだ。

 おしっこをしたくなってきたのだ。

 だが防具を填めた手ではチャックを下ろすことができない。

 愁人は気が付かなかったのだが、この肝試しは利尿剤入りの麦茶を大量に飲ませた上で、
途中でトイレに行けないように細工して、お漏らしをさせるように考えられているのだ。
 そうやって、後輩に生意気を言わせないようにしてしまうのだ。

 道はひとつしかない。
 
 少しでも早く戻って、トイレに掛け込むのだ。
 
 だが、そんなことは代々この悪戯を仕組んでいる先輩達は承知している。

 誰も脅かしに行かない所がミソなのだ。

 それで安心させる。

 だが、本当に全員が残っているのだろうか?

 しかし、そんなことを考えるだけの余裕は愁人には無い。
 
 ポン!

 暗闇の中で誰かが体を押した。

「わああああああああああ…………」

 一瞬にして全身の力が抜けて派手に転倒する。

「大きな声ねえ」

 暗闇の中で囁いた声は、ちから嬢であった。

「ち、ちからさん?」

 もう涙声だ。

 顔は見えないがグシャグシャになっていることだろう。

 そして、

「うわああああん……」

 脳裏に先輩の言葉が蘇ってくる。

(もし漏らしたら全員の前で着替えさせてやるからな)

 ブリーフどころかズボンまでグチャグチャになっている。

「ど、どうしよう」

 これで戻ったら、全員の前で恥を掻かされる。

 『おちびちゃん』の仇名は永遠のものになってしまうだろう。

 いや『おもらしちゃん』にされてしまうかもしれない。

「どう?漏らしちゃった?」
 
 そうだ、全てはこの女が悪いのだ。
 変な仇名を付けたのも、麦茶を飲ませたのも、そして脅かしたのも。

「どうしてくれるんだよ!」

「あ、怒った?」

「当たり前だろ!」

「だって、これがわたしの仕事なんだもん」

 つまり、ちから嬢はこれが楽しみでこんな山奥の合宿所の管理人を引き受けているのだ。

「おちびちゃん」

「愁人だよ」

「じゃあ、愁人ちゃん。着替えのパンツとズボン欲しい?」

「持ってるの?」

「うん、ここに持ってるわよ」

「じゃあ、さっさと渡してよ」

「いいけど無料じゃヤだな」

「なんだよ。それ?」

「愁人ちゃんってわたしの好みなの。夜中に遊んでくれるのならあげてもいいわ」

 げっ、この人ってショタコンだったんだ。

 そうだよな。

 若いのにこんな合宿所の管理人なんか引き受けるぐらいだもんな。

「わ、分かったよ」

 後の心配より今の心配だ。

 愁人は暗闇の中で着替えた。


 
「偉いぞ愁人。漏らしてないのお前だけじゃないか!」

 先輩達はビックリしていた。

「あの大きな悲鳴って、愁人だろ?」

「でも現に漏らしてないじゃないか」

 ちから嬢は澄ました顔をしている。

 その夜の、愁人は英雄扱いだった。

 だが、本人は複雑な思いだった。

(やられた。別に漏らして戻ってもなんてことはなかったんじゃないか!)



「あのね、わたし愁人くんがおねしょするとこ見たいの」

 てっきりHなことをされるんだと思ってちょっとワクワクしていた愁人だったが
トンでもないことを言われた。

「え〜、無理だよそんなこと」

「おトイレに行かないでお布団の中にいるだけでいいわよ」

 そして利尿剤と睡眠薬を飲まされた。

 どうしてこの女はそんなものを大量に持っているのであろうか?

 やっぱり危ない女である。

 翌朝、愁人は部屋に戻らなかったことを責められて自由時間の間中正座をさせられたが、
おねしょ布団を見られるよりはマシだった。

 ちから嬢は、大きな世界地図を背にした恥ずかしそうな素っ裸の愁人の写真を撮って満足していた。

「1年生から合宿に参加してくれないかしらね」

 ちなみに、愁人は合宿の終わりには『年上キラー』の仇名を拝領していた。



「やだ、愁人くんってそんな歳だったの?てっきり1年生ぐらいだと思ってた」

「えーっ、中学生?どうみても小学生……」

「うっそだあ〜、小学生なんでしょ?」

 これは翌年の春から夏に掛けて、愁人が散々言われた台詞である。

 だが、たった1人だけ彼を年齢より上の男として扱ってくれたお姉さんも居た。

 彼女のお蔭で、愁人は外観以外は大人になったと評判である。

 だが、それはH以外の時の話である。


「愁人ちゃん、おしめ交換してあげるね」

「はい、じゃあしーしーしよっか」

「だめよ、お痛したんだからお仕置きよ」

 相手は、ちから嬢である。 

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