スクールふんどし2

2000/01/13UP

 夏休みになった。

 思えば、今年の夏は大変だった。


 学校の指定水着が、なんと『ふんどし』で、そんな代物を初めて見た僕は締

め方が分からなくて大恥をかいたりした。

 大変ついでって訳じゃないけど、山奥にあるお寺に1日修行に行くことにな
ってしまった。

 ずっと昔は、近所の小学校の生徒が6年になると全員、参加する行事だった

そうだけど、今は希望者だけだ。

 それでも人が集まらないから、適当な子供を強制的に参加させている。


 PTAの役員の子供とか、先生の子供とか、そういう連中をかき集める。 

 そこまでするぐらいならやめればいいって思うんだけど、伝統行事って奴ら

しい。

 そして、何故か僕が参加することになっていた。


 うちの学校からの参加は、僕と中西くんの二人だけ。


 面倒臭いけど仕方がない。


 中西くんは、兄貴が参加したりするからだって騒いでたけど、僕と二人でお

寺の前に立っている。

  大きなお寺だった。

 でも、思ってたような古いお寺じゃない。


 うちの学校の校舎の方が古いんじゃないかって思えるぐらいに新しいお寺だ。


 場所は、確かに山奥だった。


 でも、車で入って来れるし、近くにはバス停もある。


 思ったほど、不便な場所って訳でもないらしい。


 集まった子供の数は40人ぐらい。ちょうど1クラス分ぐらいだ。


 1日修行なんて言っても実際には大したことをするって訳じゃない。


 最初の1日は、偉いお坊さんの話を聞かされて、精進料理を食べて、長い廊

下をぞうきんがけして、寝る。

  2日目は、メインイベントで『滝に打たれる』ちょっと修行っぽいことをやる。

 偉いお坊さんの話は、仏様やら天国やら地獄の話で、難しい話を分かりやす

く話してくれているみたいだった。

 ずっと正座していたから足がしびれちゃったけど。

 立っていいよって言われもうまく立てずに、ひっくり返っちゃった。


 精進料理は、あんまりおいしくなかった。


 けど、後で怒られるかもしれないって思って残さずに食べた。


 でも、野菜が嫌いって言って騒いでる子が1人いた。


 廊下のぞうきんがけは、みんなでワイワイと騒いでるうちに終わっちゃった。

 
 そして、夜になった。

 
 中西くんが、コッソリと僕を呼び出した。


「な、ちゃんと用意してきたか?」


「用意って?着替えとかタオルとかなら持ってきたけど」

「やっぱり、聞いてなかったんだな。俺が2人用意して正解だったみたいだな」

  僕は、ちょっぴり不安になった。

「な、何か、特に用意するものなんてあったの?」


  な、なんだろ?お坊さんの服とか木魚とか言われても用意できないもんな。

「これだよ、これ」

 
  中西くんが、そう言ってカバンから取り出したのは、白いふんどしだった。

「なんでふんどしなんか?」

 
  僕には何が何だか分からなかった。

「もちろん、パンツの代わりに決まってるだろ」


「なんで、そんなもんがいるんだよ?」

「俺だって、よく知らねえよ。でも兄貴が絶対に持って行けっていうからさ…

  明日はふんどしでないと困ったことになるらしいぜ」

 何だか分からないんだけど、年長者の意見には従った方がよさそうだ。


 僕たちは、誰にも見られないように暗い廊下の隅でズボンを脱いで着替えを

始めた。

 よおく、注意しておいた方がいい。


 こいつの言うことをまともに聞いて、危うく海岸でフルチンにされるところ

だったし…

「なんだよ?着替えないのか?」

  中西くんは、白いブリーフを履いていた。

 ふ、勝った。


 僕は、グレーのトランクスを履いていたのだ。


 こっちの方が大人って感じがする。


「トランクスってさ、危ないんだぞ」

 中西くんは、そう言うと同じに僕の履いていたトランクスを引きずり下ろした。

 僕は慌てて、元に戻して前を隠そうとした。


「パンツ履いてどうすんだよ、ふんどし履くんだろ?」

  う、確かに。

 僕は、中西くんから受け取った、ふんどしを腰に締めた。


 要領は、水泳用の水着と同じだ。


 ただ、下着用のだと感触が全然違う。


 トランクスよりも、ずっと開放感がある。


 ちょっとだけ報復。


 僕は中西くんの履こうとしている、ふんどしを引っ張ってやった。


 そうしたら、履いていたふんどしを引っ張られた。


 それも股のところが食い込むように絶妙な引っ張り方で。


 やめた、やめた。


 こいつは、1年の時からふんどしには慣れてるんだ。


 6年の夏からの僕とはキャリアが違う。


 ふんどしを履いていても、上からパジャマを着てしまえば同じだ。


「なあ、なんで、ふんどしを履かなきゃならないんだ?」


「さあ?兄貴は、滝に打たれれば分かるって言ってたけど…あと、寝る時に持
ってた方がいいってこんなのも貰った」

  僕は、小さなビニール袋を受け取った。
 「さっさと行こうよ。もうみんな布団に入ってる頃だよ」

  僕たちは、小走りで、みんなのところへ戻った。

 布団に潜り込んで寝ようと思ったら、まだ若いお坊さんが2人来て、怪談話

を始めた。

 怖かった。


 無茶苦茶に怖かった。


 この部屋の天井には電灯なんか無くって、行灯みたいな形のスタンドが置い

てあるだけで暗いし、お坊さんたちは、話し方が上手でいかにも怖がらせよう
って感じだし、そして何よりも、怪談の舞台は、このお寺なんだ。

 怖さのあまり泣き出す子も何人かいた。


 1時間ぐらいして、若いお坊さんたちが帰って、電灯が消されてしまうと、

辺りはしーんと静まり返っていた。

  みんな、布団の中で震えているのがよく分かった。

 …眠るのが怖かった。


 眠ってしまったら二度と起きられないような気がして怖かった。


 でも、やがて眠ってしまったらしい。

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 目が覚めた。

 まだ真っ暗だ。


 辺りでゴソゴソと音がする。


 お化け!


 っと一瞬、思ったけど僕と同じ用に起き出した連中だとすぐに気が付いた。


 おしっこがしたくなった。


 でも…


 トイレは、長い廊下のずっと奥じゃないか!


 怖い。


 誰か、トイレに行かないかなあ…


 少し、待ったけど誰も起き上がろうとはしない。

 
 きっと僕と同じように待ってるんだ。


 そうこうしてるうちに、我慢が出来ないようになってきた。


 マズイ。


 6年にもなって、よその家でおねしょなんて恥ずかし過ぎる。


 ちゃんと起きてたけど怖くてトイレに行けなかったなんて言い訳にもならない。


 あ、そうか。


 僕は、中西くんに貰った小さなビニール袋を思い出した。


 あれは確か、車が渋滞した時になんかに使う携帯用のトイレだ。


 僕は、枕元をゴソゴソとやって袋を手に取ると、パジャマのズボンをズラし

てパンツもズラそうとした。

  ん?

 なんか感触が違う。


 履いていないような感じがする。


 一瞬のパニック、でも僕は自分がふんどしを履いていたことを思い出した。


 今にも発射しそうなところに袋を被せる。


 ふう…


 危なかった。


 実は昨夜の怪談話は度胸を鍛えるって意味があったらしい。


 昔は、肝試しで、お寺の奥の墓場まで行ったらしいんだけど危ないっていう

んで怪談話になったんだって。

 結局、その朝に漏らしちゃったのが6人いた。


 僕は…、カンニングで合格ってとこかな?


 そしてついに問題の『滝に打たれる』修行がやってきた。


「さあ、服を脱いでパンツだけになりなさい」

 とお坊さんは言った。

  ちょっと恥ずかしかった。

 何しろ、僕はふんどしを履いてるんだから。


 でも中西くんの方をチラっと見ると堂々としていたので、僕も堂々とするこ

とにした。

 考え方によっては、ふんどしの方が、修行って感じがしてカッコいいかもし
れない。

 でも、ふんどし姿なのは2人だけ。

 ブリーフが7割でトランクスが3割ってとこか。

 滝の前には、カメラを構えて待っている人が何人かいた。

 大きなビデオカメラを構えている人もいる。

 伝統的な行事だから、ニュースになるんだと思う。


 ふんどし姿の僕が絵になるのか、やたらと僕の方にカメラが向く。


  やだなあ。

 恥ずかしいよ。


 滝は、滝っていっても本当の滝じゃなくって修行用に造られた人工の滝だ。


 幅が広くって50人ぐらいは、いっぺんに修行ができそうだ。


 だから、僕たちは一斉に滝に打たれることになった。


 滝の中は水圧が凄くて、水しぶきも凄くて目を開けているのがやっとだった。


 うー、こんなところに何分もいるのか。


 みんな大丈夫なのかな?


 横を見ると、みんな大慌てで滝の外に飛び出して行く。


 残っているのは僕と中西くんだけらしい。


 なんだ、みんな意外と根性がないんだな。


 僕がコトの真相と、ふんどしの意味を知ったのは滝から外に出た直後だった。


  滝の凄い水圧。

 その水圧でパンツが脱げちゃうんだ。


 最初にトランクスで次はブリーフ。


 しかも、その姿はバッチリとカメラで撮影されちゃってる。


 よかった。


 あんなトランクスなんか履いてたら、真っ先に滝から飛び出して恥をかくと

ころだった。

  僕は初めて、ふんどしに感謝した。

 そして中西くんにも。


 中西くんがいなかったら、まずは、おねしょして笑い者にされてそれから、
 
 滝の水圧にパンツを持っていかれて、また笑い者にされていたことだろう。

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 「あれ?中西くんは?」

 気が付くと一緒だった中西くんの姿が無かった。


 「中西くん?」


 「ほら、僕と一緒に来たクラスメートの」


「何言ってんだよ。1人で来たってさっき言ってたじゃないか」


「え?」

「それより、早くしろよ。『1日修行』の説明が始まるぞ」

  さっき知り合ったばかりの子が駆け出して行く。

 慌てて探った、僕のカバンの中にふんどしは入っていなかった。

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