ラーメン屋さんと男の子5

(解説)
同じイラストを使い廻すという趣旨の元に第5段。
男の子のイメージは『捨て犬』




「お兄ちゃん、遅くなってごめんなさい」

 直純がペコリと頭を下げる。

  僕は、その頭を軽くポコっと叩きながら言った。

「遅いよ、ピークは過ぎちまった」

 さっきまでは満席だった店内も今は2人の客しかいない。

 パタパタとエプロンを身に付け、洗い場へと向かう姿は何度見てもカワイイ。

 能率の悪いバタバタとした動きが却って微笑ましい。

「無理して手伝わなくてもいいんだぞ。部活とかだってやりたいんだろ?」

「無理なんてしてないよ」

 その時、ガラガラと扉が開いて小さな姿が店に入って来た。

「直哉、あんまり店には来るなって言ってあるだろ」

「そう言う直純兄ちゃんだって来てるじゃないか」

 直哉は口を尖らせて抗議する。

「ぼくはいいんだよ。手伝いに来てるんだから」

「ずるーい、ボクだってお手伝いするんだもん!」

 直哉は一人になると店に遊びに来る。

 ひとりぼっちでいることに耐えられないのだ。

 …ということは親父の奴は家にいないということになる。

 あれ程、直哉を一人にしないでやってくれって頼んであるのに。

 ガラガラと再び、音を立てて扉が開く。

 入って来たのは親父だった。

「やっぱりココに居たのか」

 親父は直哉の股に頭を突っ込むとヒョイっと肩車をした。

「コラ…また…」

 僕が注意する前に親父が抗議する。

「腰はまだ丈夫だ。ギックリ腰なんかになったりせん」

「いや、そうじゃなくてだな…」

 ゴツン!

 あーあ、やっぱりやった。

 入り口の高さは2メートルしかないんだから…

「直純、悪いけど2人を送って行ってくれ」

「うん」


 3人が出て行ってしまうと客の一人が声を掛けて来た。
「賑やかな親子だねえ」

「どうもすみません、やかましくって」

「いや、羨ましいよ。仲が良さそうで…でも長男にだけ名前に『直』の字が付
かないんだね」

 客は壁に貼り付けてある『衛生管理者』のプレートの僕の名前を指差して言った。

 もう一人の客が、おいおいそれはマズいよって感じで客を小突く。

 うちの事情を知っているのだろう。

「いいんですよ、近所じゃ有名ですから」

 二人の弟は、ひょんなことから引き取った養子なのだ。

 実は、うちの家族は誰も血が繋がっていない。

 僕自身が養子だ。

 本当の両親は親父の知り合いだったらしいのだが詳しくは教えて貰っていな
いし、知りたくもない。

 赤ん坊だった僕を親父に預けて、とうとう帰って来なかった。

 子供を捨てたんだ。

 ネコの子でも捨てるみたいに。

 僕が直純と直哉を出会った時、二人は捨てられた仔猫のように震えながら誰
かを待っているようだった。

 その時の僕は酔っ払って、酔い覚ましにヒョコヒョコと歩いていた。

「おや?」

 夜中の公園のベンチに子供が座っているというのは普通じゃない。

 12、3歳の男の子に寄り掛かるようにして6、7歳の男の子が眠っている。

 顔が似ているので兄弟だろう。

 それにしても、何をしてるんだろう?

 大きい方の男の子が、時々キョロキョロと辺りを見回している。

 誰かを待っているような感じがする。

 僕は可能な限りゆっくりと歩いて、二人を眺めていた。

 誰かが通報したのだろうか?

 警官がツカツカと早足で歩いてきた。

「こんな夜中に何をしてる?」

 大きい方の男の子は困ったような震える声で答えた。

「…あの、人を待ってるんです…」

「こんな夜中にか?」

 警官は明かにその言葉を信じていない。

「うちの弟が何かしたんですか?」

 僕は警官に声を掛けた。

「弟?」

「この公園で待ち合わせをしてたんです」

「どうして、こんな夜中に?」

「ちょっとイタズラしたんで帰り辛いらしくって、一緒に謝ってやる約束なん
です」

 警官は僕の言葉も、あまり信用していない様子だったが最後には根負けした
らしく僕達を解放してくれた。

「…あの…ありがとうございます」

「弟連れで家出かい?」

「…みたいなものです…でも…あそこには帰れないんです…」

 僕はピンと来た。

 単なる家出じゃないってことか。

「泊まるとこないんだろ?一晩ぐらいならうちに来ないか?」

「…そんな…悪いです…」

「僕の弟なんだろ?遠慮しなくていい」

「…でも…直樹の奴が帰って来ないし…」

「もう一人いるのかい?」

「…ここで待ち合わせてたんですけど来ないんです」

「何時に?」

「朝の10時です」

「もう夜中の1時過ぎだ…」

 どうしても直樹とやらを待つと言い張る直純を強引に説き伏せると僕は二人
を家に連れて帰った。

 意外にも親父は文句を言わなかった。

 それどころか、ロクに事情も聞かずに、直純と直哉にいつまでもいてくれて
いいからと言ってくれたのだ。

 …お人良し。

 そんな調子で僕も預かったのだろうか。

 人懐っこい直哉は、すぐ僕に懐いた。

 直純は、何とかして僕に恩を返そうとしているようだった。

 家の手伝いや掃除から始まって店の手伝いまでするようになった。

 もうひとりの消息は判らなかった。

 だからなのだろう二人は暗い顔になることがある。

 二人に取って、本当のお兄ちゃんは僕じゃない。

 やはりまだまだ僕は他人なのだ。

 …そして、あの事件は起こった。

「…はあはあ」

 直純と直哉の部屋から荒い息遣いが聞こえた。

 自分の部屋でその小さな声に気が付いた時にはテレビのドラマかビデオの音
が風にでも乗って流れて来たのかと思った。

 だが、すぐにその声が直純と直哉のものだと気が付いた。

 僕は足音を忍ばせて、二人の部屋の前まで行くと注意深く、ふすまを5ミリ
ぐらい開いて中を覗き込んだ。

「!!!」

 そこでは信じられない光景が展開していた。

 素っ裸の二人が絡み合っている!

 やっていることは確かに稚拙だ。

 互いの下半身を嘗め回したり、お尻の穴に指を突っ込んだりしているに過ぎ
ない。

 しかし、それは紛れも無い『行為』だった。

 何故?

 オナニーだってまだ早いような子供が何故こんなことを?

 兄弟だろ?

 僕は二人を止めようと部屋に乱入した。

 恍惚状態にある二人は、僕のことを分かっているのかそうでないのか…

 ミイラ取りがミイラになる。

 僕は、その言葉の通りにミイラになった。

 情けない話だ。

 まだ、ぷにぷにとした肌を持つ体が僕の全身に押し付けられる。

 小さな舌がソフトクリームの代わりに僕の肌を舐める。

 性的な行為に使うには早過ぎる物が目の前でプルプルと振動する。

 理性が吹き飛ぶのに時間は掛からなかった。

 ハッと我に返ると直哉は僕の隣で、可愛い寝息を立てていた。

 直純は、真っ青な顔をして僕を見詰めている。

「…ごめんなさい…こんなことしちゃって…ぼくらは時々こうなるんです…そ
ういう育てられ方をしたから…」

「理由を話してくれるね?」

 直純はポツリポツリと自分達のことを語り始めた。

「僕達は、小さな孤児院で育ったんです」

 それは何となく検討が付いた。

「そこでは、子供に客を取らせて商売をしてるんです…たまに買われて行く子
供もいます」

 …未だにそんな所があったとは。

「僕達は商品なんです。親から買われて、育てられて、売られるんです。僕は
1歳になる前に、直哉は3歳の時に売られて来ました」

 じゃあ…

「僕と直哉は、本当は兄弟じゃないんです。直哉の本当のお兄さんは直樹なん
です。直樹は10歳の時に売られて来ました」

 10歳?そんなに大きくなってから?

「直樹は大きくなってから売られてきたから、いつも逃げ出そうとしていまし
た。僕達は歳が同じだったのと顔が似ていたのと直哉が僕になついていたんで
仲が良くって…一緒に逃げたんです」

 そうだったのか。

「でも直樹は待ち合わせの場所に来ませんでした。連れ戻されてもいないみた
いなんだけど…」

 それから直純は時間を掛けて色々なことを話してくれた。

 孤児院で付けられた名前は『純一』だったのに直樹と直哉との結び付きが欲
しくて『直純』と名乗っていることとか、孤児院自体が学校法人として認められて
いるので普通の学校には通ったことがないこと、そして『調教』された結果、何日かに
一度は体がおかしくなること。



 僕は直純を抱きしめた。

「お兄さん?」

 僕と直純は他人なんかじゃない。

 うちの親父がいなければ僕だって同じ目に遭っていたかもしれないのだ。

「安心しろ、僕がお前を…お前達を護ってやるから…」
               

 ガラガラと店の扉がまた開いた。

 直純が戻って来たのかと思ったが違った。

 背格好は同じぐらいで歳も同じぐらいだろう。

 顔は良く似ているが少し違う。

 が、どこか寂しいそうという感じは出会った頃の直純とそっくりだった。

 僕は、その男の子に声を掛けた。

「…直樹くん?」

「はい?」

 そして…

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