ラーメン屋さんと男の子

1999/4/22UP

(解説)
同じタイトル同じイラストを使うというシリーズの第1段。
シリーズ全体として『酷い親』をテーマにしています。
今回の男の子は『天使』というイメージで書きました。




 僕が、その男の子…直純と始めて出遭ったのは、
 うちの店の中だった。
 
 彼は、如何にも困ったというような表情でモソモソと
 ノーマルのラーメン…うちで一番安いメニュー…をすすっていた。

「どうしたんだい?何か悩み事でもあるのかい?」

 そんな声を掛けたのは他に客がいなくてヒマだったのと
 十二、三歳ぐらいにしか見えない子供が、ひとりでいるのを
 ちょっと不信に思ったからだ。

 直純がカワイから声を掛けたというのも間違いではないの
 だけれど。

「…あの…仕事が見つからなくって…」

 意外な答えだった。

「仕事って…君いくつなんだい?」

「十六歳です。童顔なんで子供に見られるんですけど中学も
 卒業しています」

 ウソだろ。

 僕は心の中でつぶやいた。

 どうみても中学生、下手をすると小学生にしか見えない。

 中学生と高校生って一歳しか違わなくても明確に雰囲気が違う。

 この子の雰囲気は…雰囲気は…よく分からなかった。
 
 子供のようにも大人のようにも思える。

 もしかすると本当に十六歳なのかもしれない。

「ボク、孤児院の出身で、一日でも早く働きたくて、こっちに
 出てきたんです。 就職を世話してくれるって人がいたんで…
 でも、その人の会社も潰れて行方不明になっててアテがないんです」

 今時、折込チラシの求人広告を見たって、高卒か十八歳以上が
 最低条件だ。

 親もいないんじゃ就職は難しいだろう。

「すいません。こんな暗い話なんかしちゃって…ボクもう行きます」

 僕は、出て行こうとする彼をを引き止めた。

「…同情する訳じゃないけど……」

 言葉に詰まった。

 うちで働かないか?ちょうど人を探していたんだ。

 不自然過ぎる。かえってこの子を傷つけるんじゃないだろうか?

 それに恩を売るみたいで…

「…雄一?」

 その時だった。二階から降りてきた父が声を出したのは。

「雄一なんだろ?よく帰って来てくれたな」

 直純はキョトンとした表情をした。

「ボク、ナオズミって言うんですけど……」


 ちょっと説明がいるだろう。

 僕の年齢は二十五歳でラーメン屋の二代目店主。
 でも従業員はいない。
 
 父が五十歳の頃、屋台から店を開いた。
 
 その年に僕が生まれた。
 
 僕は次男で、二十も年上の兄、雄一がいた。
 
 父は人生で一番幸福だったと思う。
 
 念願の店を開いて後継ぎもいるし、新しく子供も生まれたのだから。
 
 さっき、兄が『いた』って言った。
 
 今はいない。
 
 僕が一歳になる前に、母と共に事故で死んだ。
 
 だから僕は兄の顔も母の顔も覚えていない。
 
 父は僕が何とか客に出せるようなラーメンを作れるようになると、
 さっさと引退してしまった。
 
 それからしばらくして軽いボケが始まった。
 
 時々、母や兄を探すのだ。
 
 年月が入り混じってしまっているらしい。
 
 そういう理由があって父は直純を兄と間違えたらしい。
 
 まあ、そんな訳で直純は、うちに住み込みで働くようになった。


「坊主は若旦那の弟かい?」
 
 直純が来て二、三日経った頃、常連客が訊いてきた。

「はい、人に聞かれたら"年の離れた弟"だって言えって言われてます」

 客は笑い出した。

「すると若旦那の不倫の子供か。やるねえ」

 僕はできあがった餃子を差し出しながら言った。

「従業員ですよ。そりゃあ弟みたいにカワイイですけどね」

「そうなのかい?」

「実は店長の愛人なんです」

 店内に居た全ての客が笑い出した。

「それじゃ、坊主がんばれよ」

 客は直純の頭を軽く叩くとのれんをくぐった。

 直純は照れ笑いしながらカウンターを片付けた。

 入れ違いに父が帰ってきた。

「おーい、雄一。お前の好物のたいやきを買ってきたんだ。
 ちゃんと弟と分けて食べるんだぞ」
 
 父は弟である僕の方が年上であるという矛盾を気にしていない
 らしい。
 
 直純は受け取ったものかどうか困って僕の方を見たが構わないと
 目配せすると、極上の笑みを浮かべて、たいやきを受け取った。


 仕事は忙しかったが、直純の笑顔を見ていればそれで幸せだった。


「店長、これって何か変じゃない?」
 
 直純は僕のパジャマを着て現れた。
 
 それは笑ってしまうぐらいにブカブカでズボンなんか
 手で押さえていないとズリ落ちてしまう程だった。

「変!」

 僕は即座に言った。

「ひっどーい、これ出してくれたの店長だよ」

 直純は、ぷうっと頬を膨らましてみせた。

「ごめんごめん。でもカワイイよ」

「男にカワイイって誉め言葉にならないよ。
 …もういい、いつもみたいに下着で寝るから」

「ちょっと待てよ、そこらに温泉から貰ってきた浴衣があった筈だから……」

「それって『盗んだ』って言わない?」

「…そうとも言う…あった」

 浴衣ならヒモの締め具合でサイズの違いは何とかカバーできる筈だ。

「ほら、こっち来て」

 子供の着替えをさせるように直純の着ているパジャマを脱がせに
 かかる。

「!」

 直純はパジャマだけで下着を着ていなかった。シャツもパンツも。

 僕は予期せず眼前に現れた下半身に一瞬ギョッとしたが何事も
 なかったかのように気を取り直すとこう言った。

「コラ、パンツは履いとけよ」

「うん!」

 直純は自分のリックの中から新しいブリーフを取り出した。

 そういえば、この二、三日洗濯機を回していない。
 それで下着がなくなったのだろう。

  ……って、こいつトランクス派って訳でもなかったんだな。

 今まではブリーフなんて見たことがないのに。

「ほら、袖を通して……」
 
 僕はそこまで言って、妙なことに気が付いた。

「こどもグンゼ?」

 確かにブリーフにはそんなロゴが入っている。

 直純が、ハッとしたように後ろを向く。

 そういえば、さっき……

 僕は強引に、こどもグンゼを引き下ろすと、直純にこちらを向かせた。

 …まだ生え揃ってない。

「ごめんなさい。僕まだ十二歳なんです」

 直純が泣きじゃくりながら告白した。

「なんでまた…家出か?」

 直純は首をぶんぶん振った。

「家出じゃないです。…でもあそこへはもう帰れないんです……」

 僕は脱がしたこどもグンゼをもう一度履かせると、浴衣の帯を
 締めてやった。

「…帰れなんて言わない。ここにいてもいいから…親父も喜ぶし……」

 最後の言葉は自分に対するいい訳だった。

 僕は、直純を失いたくなかった。あの笑顔が見られなくなるのなら
 死んだ方がマシだと思った。

「おやすみ……」

 そっとキスをした。

 直純は僕に背を向けるようにして布団に入った。

 しばらくは、泣きじゃくる声が聞こえていた。


 夜中に目が覚めた。
 
 カーテンを締め忘れた窓からは月の光が差し込んでいる。
 
 直純は布団を蹴っ飛ばして眠っていた。
 
 浴衣も殆ど、はだけている。
 
 やれやれ。
 
 やっぱり十二歳なんだなあと思う。
 
 でも年齢なんてどうでも良かった。
 直純は僕に取って大切な……
 
 弟?
 
 それだけなんだろうか?
 
 僕は布団を掛けてやろうとして、そっと寝顔を見た。
 
 可愛かった。
 
 月の光に照らされたそれは天使のようとしか形容ができなかった。
 
 情けないことに僕の下半身は熱くなってきた。
 
 お前って奴は弟に欲情するのか?
 
 理性と野生とがぶつかり合う。
 
 『僕を信用しているのにそんなことができるか』
 
 『やっちまえよ。どんなに隠したってお前はそういう趣味なんだからさ』
 
 『相手は直純なんだぞ!』
 
 『だから犯しててしまいたんだだろ?』
 
 やがて野生が勝った。
 
 僕は、ソロソロと直純の下半身に手を伸ばすとゆっくりと
 例のこどもグンゼをずらした。
 
 現われたモノを手でそっと触れる。
 
 それはプルプルと動いた。
 
 そっと口に含んでみる。

「うっうーん……」

 直純は目を覚ましかけた。

「…店長……?」

 まだかなり寝ぼけているようだ。

「直純…好きだよ……」

 もう構わないと思った僕は直純の男の子を激しく擦った。

 それと同時に僕の股間も擦ったように熱くなってくる。

「…て、店長、ボクも店長のことは好きです…でも……」

 僕は彼がその後に続けた言葉に呆然として、行為を途中で
 やめてしまった。

 直純は、また眠ってしまったようだ。

 仕方なく僕は想像の中で直純と愛を交わして自分で処理した。

 生きているのがイヤになった。

 直純はこう言ったのだ。

「店長もアイツと同じなんですね」


 翌朝、直純と顔を合わせるのは辛かった。
 
 それで早く起きだして店の掃除を始めた。

「店長、おはようございます。おじいさん待ってますよ。
 朝食にしましょう」

 記憶が無いのか、それとも…直純はいつもと同じ調子だった。

 朝食の間も僕は黙ったままだった。
 
 綺麗な天使を僕の欲望で汚してしまった。
 
 そんな後悔の念で頭が一杯だった。
 
 僕は最低の人間だ。
 
 なのに直純は信じようってしてくれている。
 
 その優しさが僕の心をチクチクと苦しめた。
 
 僕だけが気まずい雰囲気を作り出している食卓で
 
「なあ直純くん」

 と最初に口を開いたのは父だった。

 父だって年中ボケている訳ではない。
 いやボケていないことの方が多いのだ。

「少しで悪いが今月分の給料だ」

「わあ、ありがとうございます。住ませてもらって食事までさせて
 もらってるのに給料だなんて」

「いや、感激される程、たくさんじゃないんだ、な?」
 父は僕に同意を求める。

「あんなに働いてもらっているのに悪いんだけどね…何か使い道は
 考えているのかい?」

「弟に送金します。まだ孤児院にいるんです……ごめんなさい、こんな
 暗い話なんかして……」

「いや、いいんだ」

 そう言えば孤児院の出身だとは聞いたが家族のことは聞いたことが
 なかった。
 『アイツ』とやらの正体もその辺りに関係があるのかもしれない。
 
 園長?養父?それとも……
 
 僕は考えるのをやめた。
 
 直純が送金の仕方が分からないというので一緒に郵便局に行った。

  現金書留の宛名は『秋月直哉』

 これが弟の名前だろう。
 
 そういえば直純の苗字を聞いていなかった。
 
 気のせいか苗字を書く時に手が震えていたような気がする。
 
 差出人の住所がはタラメだった。
 
 自分の居場所を知られたくないのかもしれない。
 
 郵便局からの帰り道、直純は僕にささやいた。

「ボク、店長のこと好きです。最初はお兄さんとか、お父さんみたいって
 思っていました。でも、今は……なんかよく分からないけどそういう
 好きじゃないんです。だから気持ちの整理が付くまで待ってください」
 
 そして、僕が大好きな、あの極上の笑みを浮かべた。


 僕達のそれなりに幸せな日々は三日で終わった。
 
 店に黒服の男たちが乗り込んできたのだ。

「純一ぼっちゃん探しましたよ」

「どうしてここが?」

「現金書留の消印から割り出したのです」

 僕は黒服の男に問い正した。

「ちょっと待って、この子は直純ですよ。純一なんて名前じゃない」

「いえ、秋月純一が本名です」

 僕は直純の顔を見た。

「店長…ごめんなさい。直純って弟の名前に合わせて作った名前
 なんです」

「さあ、直哉ぼっちゃんも戻られてます。純一ぼっちゃんも早く」

 直純はそれを聞くと観念したようだった。

 黒服に連れられて店を出た。

「ボク、店長のこと一生忘れません。この店に居た時が
 一番幸せでした」

 僕は黒塗りのベンツが見えなくなるまで呆然としていた。

 あっさりと直純を行かせてしまった自分の無力さがどうしようもなく
 情けなかった。

「あれ?雄一はいないのか?」

 僕は父にすがって泣いた。


 直純が去ってから数ヶ月が過ぎた。
 
 僕の心にはポッカリと穴が空いたままだった。
 
 そんな日のことだった手紙が届いたのは。

 
 店長お元気ですか。
 
 すぐに手紙を書きたかったのですが監視がきびしくて
 書けませんでした。
 やっと書くことができます。
 ぼくの本当の名前は秋月純一です。
 でも直純だってうその名前じゃありません。
 弟の直哉の為につけた名前です。
 ぼくのお父さんはひどい人です。お父さんなんてよびたくありません。
 あいつってよぶことにします。
 ぼくにはお母さんがいません。
 きっとあいつが殺したんです。
 あいつは女の人が、子どもが出きたってたずねてくると、
 まずおなかをけりとばします。
 そして階だんからつきおとしたりするのです。
 それで死んでしまった人もおおぜいいるそうです。
 けいさつもあいつをたいほできないそうです。
 ぼくは、あととりだから家にいてもいいそうです。
 あととりだからって、色々な習い事をさせられました。
 でも、あいつはぼくを見ると悪口ばかり言います。
 そんなときです。
 弟が家にきたのは。
 弟のお母さんは、だまって弟を生んだそうです。
 あいつはそれを知るととてもおこりました。
 弟のお母さんは、帰ってこなくなったそうです。
 弟の直哉は、にんちしてもらっていないので、うちの子じゃ
 ないそうです。
 だから学校へも行けません。
 ぼくは、直哉がかわいそうでした。
 それでお兄ちゃんのあかしとして直純って名前にしたんです。
 直哉はくさりでつながれたり、むちでうたれたり、雪の中にはだかで
 ほうりだされたり、たばこの火をぜんしんにおしつけられたり、
 いつもひどいことばかりされていました。
 おしりにぼうをつっこまれたり、変な薬をぬられたりもしたそうです。
 ぼくは直哉をつれてにげようと思いました。
 でもにげるところがありません。
 そこでぼくはインターネットでたすけてくれる人をさがしました。
 そこでこじいんの先生をしってそこへにげました。
 それから、こじいんのけいえいがくるしいと知ってはたらこうと
 思いました。
 でもあてにしていたお兄さんのかいしゃもとうさんしてゆくえふめいに
 なっていました。
 それで店長のところではたらかせてもらったんです。
 店長やおじいさんとすごした日々は、ほんとうにしあわせでした。
 でも、店長にめいわくをかけるわけにはいきません。
 どうか、ぼくのことをわすれないでください。

 直純より。
 
 
 僕は、そのうまいとはいえない手書きの手紙を何度も読み返した。
 
 そして何度も泣いた。                          
 
 直純は、どんな思いで笑っていたのだろうか。
 
 それを考えると涙が止まらなかった。
 
 そして何もしてやれなかった自分が悲しかった。
 
 ……まだ何かある筈だ。あの笑顔を取り戻す為に。
 
 僕は、現金書留の宛先の孤児院を探した。
 
 彼がもうそこにはいないことは分かっていたのだが。
 
 でも、それが僕と直純とを繋ぐ細い糸。
 
 直純の為に何かがしたかった。
 
 いや、しなくちゃいけないんだって思った。


 更に数ヶ月後。
 
 僕は誰も知り合いのいない遠い町へと引っ越した。
 
 この辺りは地価が安い。前の店を売った資金で充分に店が買えた。
 
 今の僕はとっても幸せだ。
 
 ふたりの弟も店を手伝ってくれる。
 
 ただ、ちょっとした悩みは、ボケた父が僕を誰だか分からなくなる
 ことだ。
 
TOPへ戻る