『太陽の時間又はサマータイムの導入について』


  1時間枠で用意されたホームルームの時間が余っていた。

 担任の田中先生は人と議論するのが好きだ。


 いわゆるディベート好きって奴だ。


 そこで生徒達に賛成と反対に分かれて議論させることにした。


 カリカリカリ…


『サマータイムの導入について』


 黒板にチョークでそう書いた。


 別に深い意味は無い。


 たまたま、職員室で読んだ新聞にあった言葉だからだ。


「さてと、サマータイムって何か知らない人はいるかな?」


 クラスの半数近くが手をあげる。

 中1ならこんなものかもしれない。


「じゃあ、佐藤君。説明してみて」


「えーと、夏になったら時計の針を進めることです」

  えー、なんでそんなことするの。という声があがり始める。
「でも、昔やってみて失敗したって聞きました」

「ビデオのタイマーとか、ゲーム機の内臓時計とか合わせるの面倒」

「馬鹿げてるから導入されないだろうって、お父さんが言ってました」

  否定論ばかりが聞こえてくる。

 やれやれ。


 これじゃ、賛成派と反対派に分かれるなんて無理だ。


「えーと、じゃあサマータイムの導入によるメリットを挙げてみるから」


  先生の手はピタリと止まった。

 メリットって何だろ?


 それでも必死に脳細胞を絞る。


「まず、夜の暗い時間が減ることになるから省エネ効果がある」

 一人の生徒が発言する。
「でも、先生。この教室もそうだけど昼間でも電気ついてます。
 人のいる時間が同じなら変わらないんじゃないですか?」


  確かにそうである。

 夜だけ光っているなど看板と街頭とライトアップぐらいのものだ。


 そしてそれは時計の示す時間とは無関係だ。


「えーと、明るいうちに帰れるから遊びに使う時間が多くなる」


  言いながら思った。明るいうちからビールを飲むのは気が引ける。

 大人は却って遊ばなくなるのではないか。


 大人の遊びってどれも太陽から隠れて行いたいことばかりだ。


 日本人の遊びに対する感覚の貧しさ故かもしれない。


 田中先生は自分でも信じていないメリットを列挙する。


 生徒がそれを否定する。


 議論でもなんでもなかった。

 
 職員室で打ちのめされた気分でタバコを吸う。


 サマータイムというものを考えた昔の人は賢かった。


 人間は太陽と共に行動するべきだからだ。


 昼寝て夜働くという人達もいるが、それは自然な行為ではない。だからこそ

夜勤手当が支給される。

  だが、現在はどうだろう。

 電灯の明かりの下で夜でも生活は営まれている。


 夜に活動しないのは、店が開いていないからという理由である。


 だがコンビニを急先鋒として、営業時間は延びつつある。


 全ての店が24時間営業になったとしたらどうだろう。


 太陽の時間は消し飛んでしまうだろう。


 即ちサマータイムという発想の根本が吹き飛んでしまうのだ。


 田中先生は腕時計を見た。


 そろそろ行かないと次の授業に間に合わない。



 時計が発明される前から時間は存在していた。


 それは、ゆったりとした時間だった。


 時計が発明された時から切り刻まれた時間は人間を追いかけるようになった。


 昼と夜という単純な概念は消え去った。


 太陽と月は、役割の一部を時計に譲った。


 しばらくして、別の一部を電灯に譲った。


 次に譲られるのは何なのだろうか?


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