
efish外観 |
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夏と言えば鴨川の川床。
くっさい川を目の前に、岸では飲みすぎた学生たちが爆竹を鳴らし、ゲロを吐きまくっているその上で、優雅に食事をするのが「風流」なのだという。それがホントだとすれば、鴨川べりでいちゃつくカップルのうしろ姿を肴に、あれやこれや下世話な話にうち興じる輩を「粋人(スイジン)」とでも呼べばいいのだろうか?
わたしは川床と言えばすぐに貴船の清流を連想する。山歩きに疲れた足をせせらぎに洗わせながら、山菜づくし、鮎づくし。金がなければソーメンでも構わない。あの深山の透き通った空気の中で、
忘我の体に蝉時雨に聴き入っている瞬間の、なんと贅沢な夏のひとときだろうか!それに引き比べ、先斗町界隈の形ばかりの川床は、人いきれと、喧噪と、ネオンとの狭間で、とてもとても京の夏の粋を心ゆくまで味わうことは難しいだろう。夏の嵐山で毎日行われている鵜飼を眺めながら、舟の上でゲソを肴に持ち込みの缶ビールを傾けている時のほうが、まだしも日ごろの疲れが癒されるというものである。
今回の獲物は鴨川沿いに立つカフェefish。重要なのは、所在が
木屋町五条だということだ。
この店について雑誌等の記事を読んでいると、往々として四条から三条にかけてある川床の料理屋と同様に、「眺めが最高」などと安易に片づけられてしまっているようである。だが、そうではない。さきほども言ったように、鴨川はただの臭い、汚い川だ。その昔はいくたの罪人の血を洗い、餓死者で堰き止められることもあった
イワク付きの川だ。対岸の土手の柳や東山の嶺々が、どうにか古都らしい雅の体裁を保っているものの、谷川の清流とは比べようもない無粋さなのである。もっとも、ヒト気の多い四条ではなく、車通りの激しい五条をすこし下がった、ひっそりとした通りに立つこの店は、不便な分だけ少しばかり様相を異にする。休日の昼にここを訪れてみると、対岸に遊ぶ人たちの中には絵を描く者あり、犬の綱を引く者あり、いたってのどかなその様子にはしぜんと笑みがこぼれてしまうに違いない。四条界隈に比べると、景色に溶け込む人間にそれぞれ生活感があって面白いのだ。試しに対岸にいる見知らぬ人間の一人にターゲットを絞って、しばらく目で追いかけてみるといい。自然体の人間とは、実におかしな動きをするものである
。ここはただ景色を絵画のように楽しむ場所ではない。
マンウォッチングにこそ最適な場所なのだ。

efish店内 |
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もちろん、こんな意見は飛躍であり、超個人的である。しかし、わたしが本当に言いたいのは、そういうゆとりある時間と空間とを提供してくれる、この店の
優しさのことだ。例えば、この店の奥には今以上に客を収容できるだけのスペースがあり、ざっと見ただけでもテーブル5つ、客数で言うとあと20人くらいは収容できる余裕がある。しかし、あえて席数を抑えて右の写真のように大きなソファを二脚置き、がらんとした空間をつくっている。なんでもefishはとあるデザイナーが事務所の1Fを利用して運営している店らしく、店全体がある統一された芸術表現で成り立っている「ギャラリー」としての意味合いが強いのだろう。右の写真の一見無駄なスペースも、一種の空間芸術に他ならない。
仕掛人のデザイナーの名や経歴なども、わたしの手元にある雑誌で詳らかに知ることができる。けれども、珈琲一杯飲みにきた客にとってそれは
どうでもいいことなのでここにはあえて記さない。わざわざ前もってよけいな知識など詰め込まなくても、この店に一歩足を踏み入れた人間は、すぐさま目の前にある空間が
ただ者の仕事ではないと体感するはずである。金魚をイメージしたという、オレンジ色の椅子たちのさも愉快げなさま。水槽に泳ぐ本物の金魚と水草の緑の鮮やかな対照。東山へ向けて開かれた、大きな窓の無限の開放感。温色系の照明がつくりあげるまどろみのひととき。黒板に落書きのように描かれたレシピの楽しさ。飲食用の食器やシルバーはさること、ギャラリーステージの棚に陳列され、販売されている雑貨類も鋭いセンスの品々だ。あるじであるデザイナーの力量は
「推して知るべし」――京都御苑の「メイプルツリー(カフェ・ケーキ参照)」以来、ひさびさに武者震いを覚えたカフェなのである。
お味のほうはというと、サンドイッチやパスタ等、食べ物の評判はあまりかんばしくないようだ。珈琲や紅茶も、とびきりうまいわけでもない。しかし、十分である。ケーキ屋ならば、ケーキは絶対に美味しくなければならない。なぜなら客は、うまいケーキを食べにケーキ屋へ行くからだ。しかし、カフェはそう単純でもない。純粋に美味しい珈琲を味わいたいと思って来る客がすべてではなく、単に食後の休憩や人との待ち合わせの場所として選択されることも少なくないからだ。その点この店は、味の評価にたくさんの星はつけられないけれども、ギャラリーとして
「見る価値」があり、時間を忘れるほど落ち着くので、空間として
「憩う価値」がある。さらには、上手に計算された店内のスパイスにいちいち目が届き、話のネタになるので
「会話の価値」も大アリなのだ。雰囲気100パーセントというわけである。
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味
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★★★★★★
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ボリューム
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★★★★★★★
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雰囲気
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★★★★★★★★★★
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サービス
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★★★★★★★★★
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料金
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★★★★★★★
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総合
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39点
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交通
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★★★★★★★★
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管理人
利用率
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★★★★★★★
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雰囲気の良さばかりに触れてきたが、この店の本当の持ち味はそこにとどまらない。店員さんの応対の良さ、行き届いた接客サービスが、さらに私たちをより良質な「憩い」の時間へといざなってくれる。
極言するなら、efishよりうまい珈琲を出す老舗の店はいくらでもあるのだ。しかし、それらのうち少なからぬ数の店が、おのれの歴史を誇るあまり、飲食店とは接客業であるという基本原理を忘れ、みずからがあたかもお客と対等かそれ以上の位置に立っているような錯覚に陥っている事実がある。『築地』に代表されるような、「飲ませてやっている」「憩わせてやっている」という意識がありありと見える勘違い店の住人の曇った目には、この新参喫茶店efishが昨今のカフェブームに便乗した、ただオシャレなだけが取り柄の喫茶店としか映るまい。本来なら、老舗と呼ばれる店こそ新しい店の真価を見定め、自省の種とすべきなのに。
efishはカフェブームの時流に乗ってきただけの、小細工ばかりの店とは格が違う。今後も地元民・観光客を問わずたくさんの訪問客を迎えることは疑いない。しかし、どんなに店がにぎわおうと、今のままの「お客に優しい店」でありつづけてほしい。
店員さんの笑顔──それこそが、店内に飾られたどんな芸術品にも勝るこの店の至高の芸術なのである。
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○追加情報1
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写真のギャラリースペースに、テーブルが4つくらいセッティングされっちゃったらしいよ。ちょっと寂しいけど、にぎやかになっただろうね。[25/Feb/2001]
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