■ キルフェボン
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キルフェボン 〜格の違いを見せつける〜


キルフェボン外観

東京ではものすごい人気というこの店、女性客の圧倒的な支持に後押しされ、2000年5月、満を持してこの京都に上陸した。以来、雑誌でさんざんにもてはやされ、週末・休日は長蛇の列とごった返しの客、客、客。静かだった三条アガル高瀬川沿いは、今や京都で最も熱いスポットの一つとなった。普段はよその国の出来事――特に、都を奪われたにっくき相手・東京の評判など何食わぬ顔で聞き流している誇り高い民族・京都人も、今度ばかりは屈辱的な「ミーハー」の烙印を甘んじて受け入れるしかないようだ。そして一歩ここに脚を踏み入れた京都人は、慶応四年の遷都以来130年という長きの間に、ある点において、新都と古都との間にもはや埋めようのない優劣の差ができてしまったことを、まざまざと見せつけられることになった。

わたしが大袈裟な書き方をする時には、ウラがある。それはおいおいわかるだろうが、まずはキルフェボンの素晴らしさを讃えることから始めてみよう。
店に入ると最初に目の中に飛び込んでくるのが、フロアをナナメにはしるショーケース。その圧倒的な迫力に、8割方の女性は早くもマイってしまうに違いない。畳みかけるようにして、オブジェとしてもカッコ良すぎなデカイ冷蔵庫。高瀬川のせせらぎを活かしたテラス。可愛らしいシルバーや食器類がそれにつづく。見るもの見るものに黄色い感声があがる。どうしてこうまでサラリとオシャレをキメられるのだろう?と、店内の随所に目を配らずにはいられない演出の妙に、客は食べる前からつい夢心地に引き込まれてしまうのだ。そうしてショーケースの中に飾られた菓子たちの、なんとウマそうに見えることか!鮮やかなフルーツの彩りは、この店の評判を聞きつけ、雑誌を片手に列に並んだ客の期待にふくらんだ胸にとどめを刺すのに十分だ。これほどまでに完璧なお膳立てをしてもらった菓子は幸せと言うほかあるまい。なにしろ客の口に入る前から、すでに高評価が約束されているのである。キルフェボンは静岡発祥と聞いたが、閉鎖的な京都のお店には望むべくもないこの都会的なセンスに触れれば、一地方都市から上京したケーキ屋が大都会東京を席巻した理由は一気に了解されてしまうのである。

少々話が逸れるが、知名度、期待値という点において他の地方都市に比べ遙かにアドバンテージがあるはずの京都から、キルフェボンほどの高騰株が出にくいのは、「京都らしく」という型に自らをかためすぎたあまり、「古い町屋を改造」だとか、「古都の風情を活かして」だとか、そういう安易な発想でしか個性を主張できなかったことにあるのではないだろうか。古き良きものを残すのは賛成だが、伝統を重視しすぎた京都の街が、他の大都市に比べていかにさびれているか、劣っているかを顧みる者はほとんどいない。この100万人都市随一の繁華街・河原町などは、情けないことに、人口30万程度の地方都市の繁華街にも劣る街並みである。「温故知新」は結構だけれども、「温故〜フルキヲタズネル」だけでは、せっかくのありがたい孔子サマのお言葉も下らぬ妄語になってしまうということだろう。

無駄話はこれくらいにして、そろそろ本格的にキルフェボンを斬っていこう。前言を覆すようだが、私の中でこの店は、「話のタネ」にする以外の価値を見いだせない店だ。
その証拠に、お店のつくりがいかにオシャレか、話題性にとんでいるかを語ろうとするとき、さきほどのようにいくらでも言は尽きない。しかし、肝心のタルトを語ろうとするときは、どうしても言葉に詰まるのである。せっかくのお膳立ても、煽り立てた客の期待感も、すべて粉々にうち砕くような単調タルトが、すっかり私の気分を萎えさせてくれたのだ。こういう目的の見えにくいケーキを、私はしばしば味のしないケーキと表現している。ケーキだから甘いのは当たり前。だから、決して本気で味がしないと思っているわけではない。要は客に何を訴えかけたいのか意図の見えない味のことである。キルフェボンのタルトは甘さが控え目だから、そこには当然、甘みを抑えることによって引き出される何かがなければならないはずだ。しかし、一体何のために甘さを控え、何を主張したくててんこ盛りのフルーツを乗せているのか全く理解不能な代物を、再び口にしようとは私には到底思えないのである。

★★★★★
ボリューム
★★★★★★★
雰囲気
★★★★★★★★★
サービス
★★★★★
料金
★★★★★★
総合
32点
交通
★★★★★★★★★★
管理人
利用率
★★
「これならフルーツをフレッシュのまま食べたかった・・・・・・」
大変な期待を持って挑んだわたしが、いかにガックリさせられたかは、食後にボソッとつぶやいた、この、洋菓子屋にとって致命的な一言で十分伝わるだろう。もっとウマイケーキ屋は、京都にいくらでもあるのである。何度も言ってきたことだけれども、京都の洋菓子は和菓子と同じくらいにレベルが高い。ただ、憫れなことに、演出が下手なのと、地元民が一番京都の洋菓子に知識がないのである。
もっとも、キルフェボンの雰囲気が素晴らしいのは動かない事実であるから、それはそれとして評価しようと思う。しかし、残念ながらカフェとしての使い道も、実はそれほど幅広いとは思われない。いつ行ってもあいにくの混雑なので、のんびり食後の珈琲をすすっていられる環境ではないのだ。流行りすぎていることがかえって仇となった形である。
今回は、 東京で流行る店の「違い」はどこにあるのか。その理由の一端を垣間見られたことだけに満足しておこうと思う。回を重ねれば、別の魅力の発見もあるかもしれない。もちろん、次回があればの話である。
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